八冊目 歩くような速さで

【歩くような速さで】

著者:是枝 弘和

出版社:ポプラ社

ヒーローのいない等身大の人間だけが暮らす薄汚れた世界が、ふと美しく見える瞬間を描きたい。その為に必要なのは歯をくいしばることではなく、つい他人を求めてします弱さではないか。欠如は欠点ではなく可能性なのだと、そう考えると世界は不完全なまま、不完全であるからこそ豊かだと、そう思えてくるはずだ。


読書はしていたのですが、感想を書くのが遅れておりました。
忙しさも一段落して読書の秋ですね。


是枝監督の作品が好きです。描かれる世界のラストシーンはいつも「終わり」ではなく「続きの始まり」であるように思います。それは、「他人から見たらこれまでとなにも変わりないようにみえるけど、本人の中でこれまで納得できていなかった出来事をきちんと終わらせた」という感覚で、その感覚を「腑に落ちる」と呼べばいいのか「あきらめ=明らかに見極める」と呼べばよいのか…いや、言葉にすることは陳腐なので不要ですね。ひとつのことをきちんと終わらせる。鎮魂とでも呼べるかもしれませんが、この過程は本当に大切な時間です。

「欠如は欠点ではなく可能性」というのは、努力すれば夢が叶うというような話ではなく、努力しても叶わないことはある、だけどその不完全さこそがなによりかえがたいあなた自身なのだ。ということだと思います。この「努力は必ず報われる」という考え方を哲学の世界では「公正世界仮説」と言います。成功に値するする人は相応の努力をしきた。とする考え方で、それ自体は悪いことではないのですが、注意しなければいけないのは、その考え方の仕組みは、反対の意味にも作用して「自業自得」「因果応報」という弱者軽視の考えにもあらわれます。「世界は公平である」という前提から、成功者は努力をして、失敗者は努力を怠った。というロジックになります。そして、その考え方は社会に対しても逆恨みを生み出します。「自分はこれまで会社に尽くしてきた…努力に報いてくれない…不公平だ…」という理論から起こる事件は本当に多くあります。その牙は会社だけでなく、アイドル、家族、友人…あらゆるコミュニケーションに向けられます。「努力は必ずしも報われない」とすると「世界は不公平」となりますが、その不公平はあなたにだけ降りかかるものではありません。「世界は公平に不公平」なだけです。

しかし、そんな不公平で薄汚れた世界で生きていても、「ふと美しく見える瞬間」は、生きていれば必ずあります。それは人に贈られるギフトなのだと僕は思います。それは「世界は公平だ」と思い込んでいるうちは見えないのではないでしょうか。公平である以上、本来比べるようなものではない幸福ですら比べる対象としてしまいます。そして、まだ足りない…努力が足りないんだ…もっと努力しないと報われない…と盲目に生きた先にあるのは先に書いたような「自業自得」「因果応報」の負のスパイラルです。「世界は公平に不公平」であることを受け止められた時、すぐそばにずっと寄り添ってくれていたやさしさにも気がつけるのではないでしょうか。その瞬間「世界は不完全なまま、不完全であるからこそ豊かだ」そう思えると、僕は思います。

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