最近考えていること。

考現学の今和次郎が晩年このようなことを語っている。


まだ生活のシステムが近代化されていないのに、たとえばかまどだけを改良してしまうと、かえって主婦の負担が増す。かまどの前にしゃがんで、薪をいじくりまわしているのは、嫁さんのレクリエーションの時間なんだ。いかにもこまめな嫁という、姑に対するジェスチャーにもなる。もし、かまどに手がかからなくなったら、彼女たちはたちまち野良にひっぱり出される。これはレクリエーションだ。都会でも同じ「家庭労働」というものはなく、すべて「勤労」なんだ。


もし当時の日本がこの今和次郎の言うことの大切さに気がついていたら、日本の田舎はどのようになっていたのだろう。戦時中の田舎は、端的にいえば帝国軍人を育てる場所のように扱われていた。不便な戦場で戦えるように、平時から貧しい暮らしをさせておけ。今和次郎が村々を歩いていたのは、そんな時代だった。そして戦後、そのような田舎の体制はGHQによって解体されることになる。その時、今和次郎は農村改革に関わりを深いもっていたが、結果として取り入れられたのは、消費を中心とした現代の価値観による田舎の改革だった。上記の言葉は晩年の言葉だけれど、今和次郎はもっとも社会問題と近い人間でありながら、そういった活動に対しては距離をとり続けた。それが「観察者」と自らを称した今和次郎の生き方だったのかもしれない。


僕は、昨今のローカルブームもまた、上記の引用の状態に近いのではないかと思う。当時の日本と同じように、ローカルベンチャーもまた、田舎に都会の価値観を投入することで、生産者を消費者に変えようとしているのではないだろうか。もちろん昭和初頭の都市部の価値を押し付けていた時と、現代とでは異なる、現代は地域に眠っている今は資産だと考えられていない物事に資産価値を再確認する流れだからだ。しかし、ここで気をつけなければならないのは、今和次郎や柳宗悦や堀口捨己が生きた時代においては、ほんの少し足を伸ばせば、いかにも田舎的、古来の日本的な「生活」が現進行形で営まれていたのに対して、現代に生まれ育った僕らは、そのような「生活」を、となりのトトロや蛍の墓の中から「学んだ」世代であるということだ。そこには「実感」がない。土の臭いや死の足音、自然に対する畏怖や、暗がりにいる妖怪の気配等を、僕らは感知することが極めて苦手だ。それもそのはずで、そういった非合理的なものを合理的にすることで、現在の僕らの「生活」の基盤は作られて今も機能している。いきなり江戸の暮らしをしろといわれても現代人は適応できないだろう、第一気候も条件も違いすぎるのだ。生きることを活かす「生活」というのは、自分ひとりの個人的な問題ではけっしてない。むしろ、重きを置かねばならないのは、自分以外の「他者」との「関係性」をいかにして結んでいくのかということに他ならない。我々が非合理的だと生活の隅に追いやってしまった「妖怪」や「祭り」や「民話」は、「自然」という他者とちっぽけな自分という人間が、いかにして折り合いを付けていくのかを教えてくれるものだったのだ。


それを持たない我々は、今一度それら「自然との対話」の仕方を学ぶところから始めないといけない。自然を単なる資源と見ることは従来の「観光」と同じだ。そして皮肉なことに多くの田舎は観光地化したことで、その土地特有の物事を変えざるを得なくなった。便利になること、豊かさや平等であることに固着しすぎた結果は、現代のように誰でも生きていけるけど、もたれかかれる柱のない漠然とした不安を生み出す社会だった。ここで都市集中の経済活動を田舎に場所替えしても、結果は同じなのではないだろうか。プロダクトデザイナーで日本民藝館館長の深澤直人さんは三谷龍二さんとの対談で「デザイン」に対してこう言われてます。


僕らはある一品の愛玩するものを作る担当ではないんですよ。デザイナーだから愛玩するものがもっときれいに見えるようにその背景を整える役割なんです。だから、背景が主張して、そこに置かれているものと主張し合ったら調和は崩れる。背景がどうしてそこに個性を出す必要があるんだと思ってしまうんです。コレをきれいに見せたいからこそ、シンプルなテーブルを作る。そういうハーモニーを作っているだけです。ものによってやるべき自分の立場をまずは考えるんです。


この言葉はそのまま工芸や地域の現状と重なるのではないでしょうか。たとえば百円均一で買ったプラスチックの器を、「それは醜いからやめろ、手工芸品を使わないと心が貧しくなるぞ!」というのは簡単です。しかし、それが「子供の頃に祖父に買ってもらった大切な思い出の品」だとしたら…同じように簡単に醜いから捨てろ。といえるでしょうか?愛玩とはそういうものです。他者からの価値観には左右されないその人が作り上げた物語です。その物語こそが、誰でもない自分自身のアイデンティティに繋がるのです。それをこれからの時代に合わないからと変革を求めるのは、昭和初期に田舎に迫ったそれとなにが違うのか、僕はそう思ってしまいます。地方でなにかを行う時、深澤さんの言うように「背景」を整え、「調和」を目指すという視点が、これまで以上に大切になるように思います。

派手なことをやるのは簡単です。反応はすぐに返ってきます。でも、簡単なこと、平凡なことをやり続けるのは実はとても困難なことです。誰もそれに価値があるとは思っていないからです。でも、僕等は一見すると無価値なそれこそが、僕等にとって最も大切なものだと知っています。

それは、今和次郎が小さな些細なことへの眼差しを通して、社会全体の問題を鋭く見ていたにもかかわらず、おおきな社会運動とは距離をおいていたことと類似しています。僕もまた現代という自分の生きる時代を見つめる「観察者」であり、社会や文化を変革するようなおおきな枠組みは持たず、ただ自分達の思う「貧しさ」を求める現代における平民です。深澤さんの言葉を借りれば、僕等の望むことは派手で人目を引く「背景」を作ることではなく、今この町で暮らす人の「愛玩」に目を耳を傾け、それらと「調和」した暮らしを作ることです。それは多くの人が気がつかないような些細なことです。でもそれでいいんです。本来の生活というのはそのような名も残らない幾世代の人々のリレーによって、内側から作られていくものです。箱を用意したから好きに使って。では、なにも産まれません。僕等は今一度そのことを深く深く考える時代に立っているように思います。

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