消費するということ

台所の改修、途中経過です。

これまで使っていて剥がしたタイルも再利用します。育った雰囲気はそのままに新しい台所にも、すっと収まります。

新しいものはすぐに衰えて、古いものはどんどん美しく育っていきます。そういえば、カール・マルクスは資本論の序文にこう記しています。

資本主義的生産様式が支配的な社会の富は、「商品の巨大な集まり」として現れ、個々の商品は、その富の要素形態として現れる・・・

身の回りに溢れる商品=サービスというものは、富=幸福の形態として現れているということですが、言い換えれば、物を買うことで得られる幸福は「消費」とは切り離せないということです。

今回の台所もまだまだ使えるものを廃して、新しいしつらえに作りかえているわけで、それは消費的行動の一種です。いたずらに消費を避けるのではなく、いたずらに長く使えることを賛美するわけでもなく、時代に即した有り方で、ものを愛で育てていきたいものです。

ふと気がつけば、買い足した綺麗なものから手放して、拾ってきたようなものを大切に飾って暮らしてますが、今はそれが僕らにとってのちょうどいい中庸な暮らしと呼べるのかもしれません。

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