6月:梅雨模様
6月某日、梅雨真っ盛り。
BGMは荒井由実「雨のステイション」
国府町は霧が深い。
谷あいの集落は午前中、深い霧に飲み込まれる。
仮に天気が良くても青空が顔を出すのは正午過ぎだ。
それでも朝晩は肌寒く、窓を開けて寝れるようになるのはもう少し後になるだろう。
むせ返るような森も匂い、そして嬉々として背を伸ばす木々の青々とした姿に目を奪われる
霧に飲まれた新緑の森は「幽玄」という言葉がよく似合う。
山の青と海の蒼に囲まれて、日本人は豊かな感情を、そして表現を身につけてきた。
ふと、いにしえの人々の暮らしに思いを馳せる‥
万葉集を紐解けば、今日においても色褪せることのない情景がありありと蘇る
千年の昔、TVもラジオも写真もなかった時代‥
人々は言葉と文字と絵で目の前の世界と向き合った。
千年後の世界に僕らの言葉は同じように届くだろうか?
否、きっと届かないことだろう。
僕らは便利な世界で暮らしているけれど、
だからこそ失った叙情が確かにある。
幽玄なる森が身近にあった頃
人と世界との境目もまた霧の中に佇んだ時のように
曖昧で柔らかなものだったのではないだろうか。
そんな世界に生きたいと、どれだけ願っても
便利さと快適さを知ってしまった僕らは
得たものと引き換えに、その場を失ったのだろう。
‥夕暮れ間近、静かに雨があがったので
「今夜は蛍が出そうだね。」そう妻に話した。
彼女は「雨上がりに蛍が出るの?」と訝しげには検索をし始めた。
「あめあがり‥ホタル‥‥雨上がり‥蛍っと」
調べ始めてすぐに、「あー‥だめだ。」と呟いた。
「あれ?違ってた?おかしいな‥子供の頃そう習ったんだけど」
僕がそう言うと、彼女はおもむろにiPhoneの画面をこちらに向けてこう言った。
「【雨上がり、蛍】で検索したら、芸人の情報しか出てこない。」
気の抜けた笑みを浮かべる彼女を連れて、今夜は近所に蛍を見に行こう。
夏がもうすぐそこまで来てる。
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