二十七冊目 【イカの哲学】
【イカの哲学】
著者 中沢新一・波多野一郎
出版 集英社新書
私たちはふつう、生命の本質を考えるときには、生物が個体としてのアイデンティティを自分自身の能力で生み出し、それを維持している側面に、まず目がいく。生物がまわりの環境から分離された、非連続的な個体であり続けようとする側面こそ、生命というものの本質だ、と考えやすい。ところがバタイユは、それだけが生命の本質ではないということに気がついた。つまり、生物には自分を非連続な個体として維持しようとする面ばかりではなく、むしろ非連続であることを自分から壊して、連続性の中に溶け込んでいこうとする強力な傾向が隠されているということを、バタイユは見出して、それを「エロティシズム」という概念でとらえようとした。
波多野一郎という在野の哲学者が残した一冊のちいさな本「イカの哲学」哲学者/中沢新一氏が大学生の頃に出会って以来、長いあいだ愛着をもちつづけてきたこの一冊の本について、著者である波多野氏の激動の半生や、その内容に関しての著者の愛のこもった考察が色を添える良著。「イカの哲学」は波乱の半生をおくった在野の哲学者・波多野一郎が残した自伝的物語で、一見さらっと読めてしまうほどの平易な言葉で書かれた短い文書でありながら、その思考の行き着いた奥深さは、金子みすずの童謡や、是枝裕和の映画にも似た深く暖かな余韻があります。中沢さんの書かれる文書は意外に難解だと受け取られることが多いのですが、本著に関しては、全体がひとつの物語のように流れるような美しい文書がたくさん出てきて、音読したくなるような本でした。
全体を通して貫かれているのは、中沢さんが繰り返し繰り返し述べられている主題で「別の目線からみた世界を想像する力」の大切さを述べたものだと理解しました。本著ではそれを「平和学」と繋げる試みがなされています。「イカの哲学」の眼で世界を見たら戦争なんて起こそうとは思わない…ヒューマニズムに頼り「人間」と「その他自然」とする二元論的な世界の誤りを正すには、「人間」もまた「自然」のなかのひとつの現象であることに立ち返らなければいけません。引用したバタイユの考えは、「個人」であろうとして閉じていくことが、人間を作っているように普通思うけれど、本当はもっと大きな「自然」という連続性のなかに溶け込んでこそ人間は幸福になれる。そんな非合理的な思考が人間にはセットされている。という話で、ひじょうに興味深いのでよければ一読ください。
本著は、中沢さんが以前に書かれて、僕もおおきな影響を受けた「古代から来た未来人 折口信夫」という本で述べられていることと同様の思考について述べたもので、中沢さんの中心を貫いている思想の核のようなものを存分に感じられる本でした。「古代から来た未来人」の時は「類化性能」と折口が名づけた「一見異なるもののように見えるものごとの間になんらかの共通点を見出す力」ということを中心に書かれたのに対して「イカの哲学」では、とりあげられている「イカの哲学」自体が理論を整理して述べたタイプの本ではなく、どちらかといえば宮沢賢治の書いた物語のような雰囲気なので、それを取り上げた本著全体の印象も内容は難しいかもしれませんが、とても明るく喜びにあふれているような印象をうけました。閉じこもって考え込みながらも外の環境が気になる…そんな「閉じながら開いている」冬の読書にむいてる良著でした。古本屋に一冊並べておきます。
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