やわいや書店 開店いたします。
本日。六月十二日(月)やわいや書店開店いたします!!
平日からゆるゆるとした開店となりました。
今日からは一階でも古本とCDのイベントさらに今週末はライブもありますのでご都合のよろしい時にお越しいただけたらとうれしいです。
古材を利用した空間作り。
屋根裏を改装したやわいや書店の空間は、空間デザインや店舗デザインも手掛ける大工の渡邊覚くんと作り上げました。
今回は本当にたくさんの良縁に恵まれて全体の九割を集めたりいただいたりした古材で作ることができました。
古民家や古材が豊富にある飛騨ならでは空間になったと思います。近くで手にはいるものをうまく利用することが住宅にとっては一番無理がなくていいと僕は思います。
完成後のいまの状態はどこがもとからの古民家でどこからが今回手を入れたところか住んでる僕でもわからないほど、自然に馴染み溶け合ってより美しくなりました。
写真ではなかなか伝わらないですが、遠方の人にも見てもらいたいので、やわいや書店の内部を七枚の写真でご紹介させていただきます。(実物はもっともっとすばらしい空間ですよ!)
①まず屋根裏に上がる階段は集落の解体する家からのいただきものです。(重くて設置には本当に苦労しました…助けてくれた中谷氏に感謝です)高さが足りなくて据えた石は覚くんが石屋さんからもらってくれた大谷石を使わせてもらいました。
②本棚には白石くんのご縁で解体された中野公民館で長い間使われてきた階段の板を使わせていただきました。
③テーブルはこの家を移築してくれた上町さんからいただいた古材を覚くんに加工してもらいました!
④お世話になっている古民家不動産の白栗さんにいただいたあがり框を縁側上の空間のベンチに…敷き詰めた畳は中野公民館のものです。自然光と風の気持ちいい場所になりました。
⑤象徴的な壁は集落で解体していた古民家のクレ(屋根の材・飛騨飛騨地方では茅葺きのほかに木を薄く割ったクレを瓦のように敷き詰めるクレぶき屋根があります)を再利用しました。
⑥風通しをよくする為に夢想窓を建物を貫通するように反対側まで繋げました。
家は買うものでなく作るもの。
今回の改装の当初の目的は僕自身が本をゆっくり読める場所を作りたい!という個人的な願いでした。
開放的な縁側で外を眺めながら読むのはもちろんいいのですが、時には書斎に閉じこもるような暗く狭い場所にもあこがれます。
今回はその両面を共存させる空間を目指しました。
当初伝えた案は最終的に大幅に変更され、想像を超えた良い空間が出来上がりました。自分一人でデザインしていたら絶対こうはならなかったとおもいます。
空間のデザインや、その空間に持たせたい意義まで深く話しあえる大工さんはなかなかいないので、心から信頼できる人が身近にいてくれたことが本当に本当にうれしかったです。
施主と二人三脚で暮らす場所を作っていく…これからの大工に本当に必要なことを悟くんはしっかり取り組んでくれました。
破壊と再生の時代
この空間がこれだけすばらしいのだからなにをしても良くなるに決まってると確信しました。それくらいこの空間には力があり、また環境を最大限に生かした古民家再生の理想的なデザインのひとつだと思います。
今は完成した余韻と安堵感に浸りつつ、工事をしていたこの一ヶ月毎日のように理想を語り一緒に悩んできたので、完成してしまったのがなんだかさびしい気持ちになっています。
でも僕らが受け継いだこの古民家はこれからも変わり続け、住み継がれていきます。良い本が世代を超えて愛され続けるように。家は住み手が一生をかけて作り上げていくものだと改めて感じました。
古民家はそんな住まい手の変化を受け入れるだけの包容力がありますが、取り壊される古民家は本当にたくさんあります…そのなかにもまだまだ活躍できる材料や移築や再生で生まれ変わる家がまだまだあることを伝えていくのも僕らの役目だと思います。
願わくばこの空間が皆様にとってのなにかの学びに場となることを願っています。
見えないところにも川はある。
最後にひとつみなさんに質問です。
本がぼくらに教えてくれるものはなんでしょう?
…
……
…………
僕はこう考えています。それはページを開かないと次のページに進めないことです。
当たり前のことですがこれはおおきな真理です。たとえば人生も同じです。どんなに不安でも一歩づつ前にページをめぐり進むことが、物語を進める唯一の方法です。
商いをしているとたくさんの人が遊びにきてくれます。そのなかには移住やUターンを希望している人、古民家にあこがれてる人、田舎暮らしにあこがれてる人、様々な悩みをもった人も多くいます。そのどのケースにも言えることがひとつあります。
それはやはり一頁一頁開いていないと次のペーに進めないということです。
一見無意味に思えるものにも伏線があるかもしれません、もしかしたらその無意味な行いが最大のヒントなのかもしれません、すべての瞬間は等しく学びなのです。
本は僕らに『主体性』を求めてきます、TVのように眺めているだけでは本から情報は引き出せません、形として残ることで、途中で投げ出したことを忘れさせてはくれません。
主体的に向き合った時、驚くほど多くのことを本は教えてくれます。
それは隠された水脈に気がつくということです。
見えないところにも川はあるのです。
これからの季節最高に気持ちいい空間です!
やわい屋ともども屋根裏のやわいや書店をよろしくおねがいいたします。
皆様のお越しを心からお待ちいたしております。
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